夏が終わって、秋になって。
また、冬が来ようとしてる。
あの時の事が、少しだけ、甦る。


「寒い・・・」
・・・まだ10月だぞ?」
「だって寒いんだもん」

そう言って、私は椅子の上に縮こまってブラウスの上から腕を擦る。
呆れたような顔でかすがが私を見ていたけどそんな事はお構いなしだ。
だって寒いんだもん。

「あー・・・ホント寒い・・・」
「まったく、それならあいつにセーターか何か借りればいいだろう」
「うーん・・・持ってるかなぁ・・・」
「さぁな。
私はもう行くぞ」
「上杉せんせーとデート?」
「/////」
「ふふっ、いってらっしゃーい」

顔を真っ赤にして走り去るかすがを微笑ましげに見送ってから。
私はまた腕を擦る。
空はまだ薄い茜で彩られているだけで明るい。
でも、ほんの少し前に比べれば日が落ちるのも随分と早くなった。
この分だともう何日かしたらこの位の時間でもそれなりの暗さになるだろう。
そしてまた、冬がくるんだ。

、悪い!待たせちまって!!」

物思いに耽る私に、聞きなれた声が聞こえた。
息を切らせて入って来た彼。
きっと会議が終わってすぐ、急いで走ってきたんだろう。
それが嬉しくて、自然と頬が緩む。

「いーよ。
元親こそ、せ−と会会議お疲れ様」
「おうよ!」
「きょーは毛利かいちょーと喧嘩しなかった?」
「お前なぁ・・・いっつも会議の度に言い争ってる訳じゃねぇっつの」
「でもしょっちゅう言い争ってるって有名だよ?」

私がそう言って笑えば、彼は居心地が悪そうに頭をかく。
そんな仕草も、何も変わらず、私の大好きな彼のまま。
何も変わらない。







高校の入学式で、面倒だからって理由で式に行かず、裏庭の桜を眺めてた。
辺り一面が薄桃色の中で、その銀色だけが、酷く幻想的で
私は彼が近付いてくるのも構わず、彼を見つめていた。

「おい」

「・・・」

「おい!」

「キレー」

「はぁ?」

「なんだか・・・消えてしまいそう」

そう言って伸ばした手が、彼の髪に触れて、叩かれるかな、とも思ったけど。
彼は驚いたように目を見開いただけで、その後はなんだか困惑したような顔をしていた。
その後すぐ、同じクラスであることが判明した私たちは度々絡むようになった。
最初は普通に会話したりから始まり、お弁当一緒に食べるようになって・・・
付き合ってるの?なんて聞かれた事もあったけど、その時の私たちにはそんな気はまったくなくて
ただ、お互いに居心地がよかったから、一緒にいただけだったんだと思う。
それが恋に変わったのは、いつだったか。
元親は外見は不良っぽいけどやっぱりかっこよくて、頼りがいもあるから女子の間では凄い人気だった。
男子からの人望も厚い。
アニキ!なんて呼ばれて凄い慕われてる。
まぁ喧嘩っ早いし煙草すったりもしてるから不良っちゃ不良だけど。
そこら辺の威嚇してるだけのような、威圧感ばっかで怖い不良とは違う。
ファンクラブまであるほどだ。
そんな彼の傍に、取り立てて美人でもなんでもない、凡人である私がいる。
元親ファンの女の子にとったら邪魔で仕方ないだろうなってのは、何と無く思ってた。
だからって離れたりしなかったけど。
案の定と言うべきか、私は女子の嫌がらせの的となり、陰湿な虐めらしいものを受けた。
死ねって書いたメールがきたり(どこで私のメアド手に入れたんだろう?)
足引っ掛けられたり。
上靴がなかったり。
体操服が捨てられてあったり。
悪口言われたり。

はなんで反論しないんだ!」

ってかすがに凄い怒られたけど。
私は別にどうでもよかったんだ。
ただ、元親の傍に居られれば、それで。
それで良かったのに、それは元親の手で断ち切られた。


「何?元親」
「俺、お前と絡むの止めるわ」
「え・・・?」

元から鋭い元親が、私が嫌がらせを受けている事に気付いてることはわかってた。
でも、私から何も言わなければ、傍にいられると思って、私は何も言わなかったのに・・・
優しい元親は、自分が傍に居ることで、私が嫌がらせを受けるのに耐えられなかったんだ。
だから、そう言って私を突き放した。
凄く、悲しそうな、泣きそうな顔をして。
元親が傍に居なくなって、私の日常は一変した。
嫌がらせが無くなったのもその一つだけど・・・
それ以上に、私は笑わなくなった。
元からあまり感情の起伏が少ないから、表情も豊かではない私から表情がなくなった。
かすがは凄い心配してくれていたけど。
それすらも私の心には響いてこなかった。
元親が居ないだけで、世界がつまらなかった。
だから学校に行かなくなった。
部屋から出なくなった。
そうなってやっと、私は自分の想いに気がついたのだ。
自覚すれば、今まで自分が思っていたことは全て嘘なのだと気付く。
嫌がらせも、本当は嫌だった。
辛くて堪らなかった。
でも、元親が居たから、元親が笑ってくれるから、私も笑っていられたのに・・・
私はそのとき、初めて声を上げて泣いたんだと思う。
気がついたら朝になっていて、私は何の戸惑いもなく制服を着て学校へ向かう。

「元親!!」

走って教室に入り、見慣れた人物の前まで言って名前を呼ぶ。
驚いた目が、私を見た。
彼は私が居なかった間、何を思っていただろうか。
私の事を、少しでも考えていてくれただろうか?
あの日、私を突き放した時の顔は、罪悪感だったのなら・・・
そんな考えが頭を過ぎった。
自分の自意識過剰さに失笑が出そうになったけど、ソレを止めて、私は元親の手を握った。

「お、おい!」
「話しがある」

それだけ言って、元親の手を引っ張って教室をでる。
女子の視線が刺すように痛かったけど、そんな事どうでも良かった。

「何だよ・・・俺はお前と絡むのやめるって・・・」
「私、それに対してわかったって言ったつもりないけど」
「は・・・?」
「元親、私の事嫌い?」
「おま・・何言って・・・」
「私の事嫌いなら、あの時なんで、泣きそうな顔してたの?
そんな顔で絡むの止めるなんて言われたって納得しない。
嫌いなら、はっきり、目を見て嫌いと言って。
鬱陶しいと言って。
でなきゃ私、元親の傍から離れられない」

元々、自分の意志を言うのは苦手だった。
別に言えないわけじゃない。
ただ、面倒だったし、大して伝えたいとは思っていなかっただけ。
でも今度は違う。

「ねぇ、言ってよ」
「・・・・・」

暫くの間、元親は何も言わなかった。
私も、何も言わないで、ただジッと、元親の目を見つめる。
困惑に揺れた目が、諦めたように閉じられて、はぁっと溜息が漏れた。

「お前が・・・俺のせいで女子から嫌がらせ受けてるのはわかってた。
でもお前何も言わないから、どうしたら良いのかわかんねぇしよ・・・
お前が何か言ってくるまで、俺は何もしないつもりでいた」

元親の声色は、まるで懺悔でもしているかのように、罪悪感に溢れている。
それが何より痛かった。

「けど、お前が顔に痣作っても、まだ笑ってるのを見て・・・どうしても、助けたかった。
だから・・・・俺と絡むのやめれば・・・・そしたらもう、お前が何かされなくなるって・・・
そう思ったから。」
「だから・・・絡むの止めるって・・・いったの?」
「あぁ」

この人は・・・なんて・・・

「結果、お前は嫌がらせされなくなって、良かったって思った。
なのに・・・あれからお前が笑わなくなって・・・
その内学校にも来なくなって・・・」

何て優しすぎる人なんだろう・・・

「俺は、自分がした事が・・・間違いなんじゃねぇかって・・・」
「馬鹿・・・」

優しすぎて、もう、苦笑いしか出てこない。

「私・・・確かに・・・嫌がらせ・・・苦しかったわ。
でもね・・・私、何よりも、元親の傍に居られなくなったのが、辛かった。」
・・・・?」
「元親の傍は、居心地が良いからかなって・・・思ったけど。
違うわ。
私ね、元親が好きなの。
友達としてじゃなくて、恋愛としての意味で、元親が好き。」

だから、貴方と離れてしまう事が、私には何よりも辛かった。
貴方に離された手が、寂しくて堪らなかった。

・・・お前・・・」
「別に、付き合って欲しいわけじゃないわ。
ただね、友達としてで良いの・・・・傍に、いさせて?」

そのとき、私は笑えていたか分からない。
でも、強く、でも優しく抱きしめてくれた元親の腕が、温かくて・・・
耳元で囁かれた言葉が嬉しくて・・・
私は頬を赤く染めてから、少しだけ泣いた。
冬が来る前、少し肌寒い秋の出来事。










「あれから、もうちょっとで二年だね」
「あー?何がだ?」
「付き合い始めてから」
「そーいやそーだなぁ・・・」

何も変わってない。
隣にいる彼の、困った顔も、怒った声も、腕の温かさも、優しさも。
変わったのは、私の笑う回数と・・・

「ねー元親ぁ」
「どうした?」
「寒いの、セーターない?」
「言うと思ったぜ。
ホラよ」
「わー流石元親」
「可愛い彼女の事なら何でもお見通しよ!」
「/////ばーか///」
「嬉しいだろ?」
「さーね///」
「なぁ
「何?」
「愛してるぜ」
「私も・・・愛してる」






この温かな時間。


「帰るか」
「うん。
あ、ねー・・・今日元親の家・・・泊まっていー?」
「構わねぇけど・・・鬼に喰われてもしらねぇぜ?」
「変態」




変わらないのは君の全て、 変わったのは私と、 二人に流れる時間
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